重税反対全国統一行動泉佐野・泉南集会

 消費税を2014年に8%に増税しました。安倍首相はさらに2017年4月にはどんな経済状況になろうとも10%増税実施すると断言しています。

 47回目を迎えた「3.13重税反対全国統一行動」では国保・年金・生活保護など社会保障の全面改悪を進める中、国民の暮らしが苦しくなっています。こうした中で「消費税増税キッパリ中止」と集会後、泉の森から泉佐野税務署まで市民にアピールして歩きました。

一般会計補正予算(2015年度分)

 補正予算委員会が11日開かれました。泉南市の補正予算は歳入歳出予算の総額から歳入歳出をそれぞれ68,353千円を減額し歳入歳出総額を23,170,742千円です。

 減額理由は、臨時福祉給付金・子育て世帯臨時特例給付金・児童手当・児童扶養手当の支給額の減額です。予測より少子化による影響もあるのではないかとのことです。また、中学校給食導入事業等での入札減・和泉砂川駅駅前周辺整備事業の委託料減があります。

 予算増については、国の一億総活躍社会に向けて緊急対策費(5年間の事業)によるものです。

 泉南市は、防災ハザードマップの作製・市内バスICカードシステム整備事業の導入(ピタパをつかえばさわやかバス、南海バスなど利用料が1割お得になる)花咲ファーム・砂栽培事業・農業塾・あなごの養殖事業等などです。

マイナンバー制度による交付事業のための増額もあります。3月までに5000人分の予算を計上していますが現在1000人弱の方にしか発行できていません。各地でトラブルが起こっています。そのたび手続きを一旦止めることになります。間違いがあってはならないでしょう。担当職員も大変だと思います。

 共産党は、一人ひとりに番号をつけ、管理されるマイナンバー制度は中止すべきとの立場です。そこで、マイナンバーの交付事業の予算を減額し修正案を提案しましたが賛成少数(大森議員・和気議員)で否決され原案が可決されました。

 

 

 

高浜原発運転差し止め

 3号・4号機は、安全性が確保されていないとして、滋賀県の住民が再稼働差し止めを求めた仮処分申請で大津地裁は「過酷事故対策などで危惧すべき点があり、津波対策や避難計画にも疑問が残るのに、関電は主張を尽くしていない」として運転停止を命じる仮処分の決定をだしました。

 山本義彦裁判長の裁きに「勝利の喜びに涙がでてきた」と語っておられるその言葉に思わず涙しました。

 4号機はトラブルによる運転停止中でした。私、わけ信子は泉南市議会の8日の一般質問の前に福島の原発事故から5年、「原発はいらない」の思いから次のように一言のべました。

 3月11日の東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から5年をむかえようとしています。犠牲者は2万1千人、今も、行方不明者がいらっしゃいます。「1日も早い復興を」とねがいながらもいまだに多くの人が、生活再建もままならない、気持ちの整理ができずにいる現実があります。

 あれから5年もたっているのに岩手・宮城・福島の3県では今なお6万人近い被災者がプレハムの応急仮設住宅で暮らしています。

しかし、災害公営住宅を希望しても様々な理由で入居できないと困っている世帯もおられます。国は「生活再建の要となる住まいの復興」を被災者の立場にたって応援してもらいたいと思います。

 また、福島第1原発事故後の対策や汚染水除去などは見通しが立っていません。26日にタービンと原子炉が緊急停止し原因を調べているところです。

 また、川内原発1号機でも昨年設備の細管が損傷して再稼働のトラブルが相次いでいます。福島の原発事故を教訓に危険な原発に頼るのでなく再生化エネルギーの開発に力を入れるべきです。

 

サクラソウと黄色の花

 「戦争法廃止」「エアコン設置を」の署名を知人宅にお願いにいくとサクラソウが満開でした。年金暮らしなのでお金を使わないように種から育てご近所にも苗をあげているそうです。また、つやつやした黄色の花の名前を聞くと名前はわからないので「黄色の花」と言っているとの事でした。

 私も聞いたことがありましたが思い出せませんので「黄色の花」にすることにしました。鉢植えをもらってかえりました。

エアコン設置の署名を提出

 昨年末に「全小・中学校の教室にエアコン設置を」の署名を竹中市長に提出しました。今日は2回目の追加分を市長宛で提出しました。今年の夏は涼しい教室で勉強ができたらいいなあ」と願っているのですが残念ながらH28年度の予算案には計上されていません。

 実現できるようにこれからも市民の皆さんの共感が得られるよう署名を集めていきますのでご協力よろしくお願いいたします。

 

悲しい日、命の重みを感じる日

 若き友人が亡くなりました。病気で仕事ができなくなり生活が厳しくなりました。それでも働きたいとの思いは強くありましたが思うようにはいきません。そんな中で心も弱くなっていきました。「若い人が働ける場所がほしい。生きていく希望がもてる社会にしたい」と思わせる日となりました。

 泣いている場合ではない身近な人に国に声を届けられるようにしよう。