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4・28抗議沖縄大会(沖縄・奄美・小笠原・屈辱の日)

 61年前の1952年4月28日は、サンランシスコへ平和条約発効で日本は形式的に「独立国」となったが日米安保条約が発行し日本が実質的に米国の従属国になった日です。沖縄、奄美、小笠原を切り離し米国の施政下におき沖縄では「屈辱の日」とされています。まさしく屈辱の日です。

 私、和気信子は1949年に奄美大島の与論島に生まれました。小、中学校の頃、北緯27度線の沖縄と与論の海上で沖縄返還の運動が行われていました。夜は沖縄本島と与論の金毘羅神社で松明を燃やし、連帯の合図を交換していました。

 本土からの沖縄返還の運動をしている人たちがアコデオンで「おきなわをかえせ~」やいろんな歌を歌っていました。子ども達を神社に近寄らせないように、両親や近所のおばさんも「あの人たちは赤だから絶対に神社に行くことはならん、大和に連れていかれる」と厳しく言われていましたが、怖いもの見たさで友達とそっと見にいったものでした。

 その時は何もわからなかったのですが「心から沖縄返還を望んでいた人たち、赤とは共産党のこと」だったようです。その共産党の仕事と活動をするようになった私を天国の父母は見守ってくれています。

          抗議集会のスローガン

①沖縄を切り捨て米軍占領下に置いた「屈辱の日」を「主権回復の日」とする政府式典はがってんならん、抗議する。
②欠陥機オスプレイを即時撤去し、追加配備と嘉手納基地への配備計画は撤回せよ。
③米軍普天間基地をただちに閉鎖・撤去し、県内移設を断念せよ。
④機知のない平和で、緑豊かな沖縄を実現しよう。

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