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故郷の与論島のお正月

                                                                                                                                                            

 

 

 

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子ども達は、海の白浜から清らかな砂を運び、お墓のまわりをきれいにします。さらに、履き清めた家の庭には、砂で模様を描くようにきれいにしていきます。

 家の入り口にはしめ縄を飾るのですが、両脇には竹を立て鳥居にみたてて飾り付けをします。ほとんどの家には防風林の役目をするガジュマルの木があります。
小さい頃の、ガジュマルの長いひげでターザンごっこや隠れ家?あそびを思いだします。

 家の近くの金毘羅神社でもよく遊びました。神社からみる初日の出、夕日はとてもきれいです。沖縄本島もきれいに見えます。
中学校まで与論で生活していた中で鮮明に覚えているのは、4月28日の前夜になると、本土から沢山の人がやってきて、夜になるとアコデオンを弾きながら”おーきーなわをかえせ~”と大きな声で歌っていました。

松明を焚き沖縄本島の松明の灯りを確かめているのです。その頃、父は「怖い人たちだから絶対に近づいてはいけない、近づいたら大和に連れて行かれる」ときつく言っていました。それでも怖いもの見たさでそっと出かけてしまいました。

 翌日は、沖縄側の船と与論(日本)側の船と海上27度線でエールの交換をしていました。私は知りませんでしたが沖縄復帰の運動だったそうです。
与論も終戦後一時期は外国?で鹿児島に行くのにパスポートが必要だったそうです。
沖縄は、日本に復帰しても今だ、米軍基地に囲まれ大変危険な目にあっています。。与党政権は沖縄の住民の声を聞き、公約をコロコロ変えずに、普天間基地は撤去するか海外へ移転すべきです。

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